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本書についてABOUT

本書のご案内

ロシア4大オペラハウスを作った日本人捕虜
――シルクロードの日本人伝説と極楽収容所――

このテーマは私がNPO日本ウズベキスタン協会を設立した後、10年以上にわたり取材、調査してきました。実話のノンフィクションとするため、何度か挫折しながらも書き上げた思い入れのある本です。

大地震にも倒れなかったウズベキスタンのオペラハウス
戦後70年にあたる今年は、様々な戦後史ものが出版されてきました。なかでも多かったのがシベリア抑留の悲劇です。本作はシベリア抑留の悲劇とは違ったソ連での抑留生活を描きました。中央アジアの収容所ですごした457人の日本人捕虜が旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなるビザンチン様式の「ナボイ劇場」をロシア革命30年にあたる1947年10月に完成させたのです。厳しい収容所生活にありながら「後世に日本の恥となるような建築は作らない。その上で、全員が元気に帰国する」ことを使命として永田行夫隊長以下10〜20代の捕虜たちがウズベク人と協力して建築したものです。1966年の大地震でタシケント市が全壊した時、ナボイ劇場だけは凛として悠然と建ち続け、中央アジアの人たちを驚かせました。そのことが91年のソ連からの独立以来、日本をモデルにした国づくりをしようという動きになったのです。

戦後70年目に陽の目を見た秘話
シベリア抑留の悲劇に隠れ、ウズベクのオペラハウス建設の秘話はこれまで日本人にほとんど知られていませんでした。ナボイ劇場の裏手に行くと「この劇場は日本人が建設し、完成に貢献した」という碑文があり、これを読んだ日本人は皆涙します。またウズベクの方々が毎週日本人墓地を掃除してくれています。

アマゾンで1位になった感涙の物語
ぜひ若き日本の抑留者たちの労苦と協力・和の精神が中央アジア全体に多くの親日国を作ったことにつながったことを知って頂き、満州抑留兵のもうひとつの秘話を広めて欲しいと思っております。ウズベキスタン訪問中の2015年10月25日に安倍首相は本書の舞台となったナボイ劇場や日本人墓地にも訪問されております。また、10月、11月にはアマゾンの「日中・太平洋」部門で1位となっております。ぜひ日本人論を再考し、感涙の一冊としてもぜひ多くの皆様にご紹介いただければ幸いです。

2015年12月14日

発売日:2015年9月30日   定価: 1600円(本体価格) 発売元:角川書店
編集者:岸山征寛氏     装丁:鈴木正道氏 (Suzuki Design) 

[装丁デザインの余談]
ソ連四大劇場の一つとされたオペラハウス、ナボイ劇場。いまもウズベキスタンの誇りとなっている壮麗な劇場を建てたのは、シルクロードに抑留された、若き日本兵捕虜たちだった。本のビジュアルをどうするか。最初は建物の外観で行こうと考えていましたが、内部にこそ、その緻密差・壮大で絢爛たる意匠が現されていました。そして、長いタイトルゆえ文字組にメリハリをつけ可読性をよくしました。店頭での読者の通り過ぎる瞬間は一瞬です。少しでも早くタイトル、帯コピーを読んでもらう。そこが勝負です。(鈴木正道氏サイトより)    

      

書評のご紹介〜日本人が知っておきたい秘話〜

評者は「トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所」(講談社/2010年講談社ノンフィクション賞受賞作)の著者であるノンフィクション作家の中田誠一様が共同通信に寄せられ、全国の地方紙に掲載されました。素晴しい書評ですので、ご紹介いたします。

抑留者たちの奇跡の物語
まことにタイムリーというべきか、このほどユネスコの世界記録遺産に第2次大戦後のシベリア抑留資料「舞鶴への生還」が登録された。シベリア抑留では、旧満州などの日本軍将兵約57万5千人がソ連の捕虜となり、約5万5千人が死亡した。シベリア、中央アジア、モンゴルなどに送られて強制労働に従事させられたのである。

本著は、ソ連抑留の秘史である。しかもヒューマニズムあふれる稀有(けう)な物語だ。満州からシルクロードのウズベキスタンの首都タシケントに送られた捕虜たちが、オペラハウスを建てたというからただ事ではない。ソ連の四大劇場の一つとされたナボイ劇場である。

1966年、タシケントを襲った直下型大地震にもビクともしなかったことで、建設の仕上げに携わった日本兵のことが想起され人々に称賛の声があがったという。

戦争は国家の武力の対決であり文化の対決でもある。国民性や民族の特性が如実に表れる。ナボイ劇場の建設に関わったのは、満州の旧陸軍航空部隊の永田行夫大尉を隊長とする第4ラーゲリ(収容所)の457人の工兵たち。大工、電気工、とび職など技術者が多かった。応召前には日本の伝統文化や技能の担い手だった職人である。

武器を捨てた抑留者たちは、2年後の劇場完成を目指して日本人の技術、勤勉、団結力など、その力を最大限に発揮して懸命に働いた。24歳の永田隊長の卓越した統率力、勇気、希望、それに応えたソ連側の収容所長の人間性。抑留者たちの連帯と市民や建設現場の親方たちとの心温まる交流、地元女性の悲恋など多くの逸話が生まれた。

日本兵はシルクロードにオペラハウスという後世への文化遺産を建設したのだ。抑制の利いた文章が、幾重にも感動の渦を巻き起こす。

戦後70年に続く、ナホトカから舞鶴港に帰国した人々の戦争の軌跡と真実の物語である。
(中田整一・ノンフィクション作家)

目次


序章 シルクロードの”日本人伝説


第1章 敗戦、そして捕虜
殺気だっていた敗戦直前の満州/ 「戦争に敗けた現実」/ 楽土をめざした満州国崩壊/ 満州で徴兵された民間人が見た赤紙/ 新兵、大塚武の敗戦/ 牡丹江の悲劇/ 満州の日本人は放置された/ 武装解除を命令した関東軍/ ソ連の日本人捕虜60万人利用計画/ 日本を5つの占領区に分割する案があった/ 捕虜は労働使役に利用された

第2章 抑留、劇場建設へ
永田隊は帰国の望みを断たれた/ 免れたシベリア送り/ ウズベキスタンのタシケント、”石の都”へ入る/ ボリジョイ劇場建設という特殊任務/ タシケント・第4収容所/ オペラハウス建設457人の隊長となる/ 収容所長アナポリスキー/ 「最も重要な使命は全員が帰国することだ」

第3章 収容所長との交渉
食事とノルマ/ ラクダの肉、骨ばかりの魚/ 全員に平等な食事を!/ ソ連側と真剣交渉へ/ 実験/ 食事の公平分配に成功する/ 永田に一目おくアナポリスキー/ ”和”の精神を説く

第4章 誇れる仕事
増援部隊の面々/ 「世界に引けをとらない建築物をつくるんだ」/ 密かに敬愛された人物/ 若松をソ連も頼りにした/ ダモイ第1選抜を断る/ 転落事故死/ 2人の追悼式

第5章 秘密情報員と疑われた永田
合唱団結成へ/ 麻雀、将棋、花札、碁を手作り/ バイオリン作りも始まる/ 手作りの芝居、演芸大会/ 演芸大会はウズベク人も親子で訪れた/ 民主運動/ 「第4は民主運動に遅れている」/ 秘密情報員と疑われた永田/ 「抑えつけたら、すぐわかる」/ 盛り上がらなかった第4の民主運動

第6章 収容所の恋
「早く食べて」/ ウズベク人に『草津節』を教える/ 恋人ナージャ/ 「ダモイなのね」/ 帰国前に完成見学会を/ 「本当にありがとう、スパシーバ」

終章 夢に見たダモイ
永田の最後の仕事は名簿の暗記だった/ アナポリスキーとの再会/ 「もう、ダスピダーニャはないのだ」/ 「日本だ、日本だ」/ 「第4ラーゲル会」を作る/ タシケントを思う/ 日本人伝説

あとがき
主要参考文献
写真提供 

     

書籍情報等book

2015年9月30日発売
ノンフィクション
2016年2月1日の大増刷に続き
3月29日3刷が決定!

日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた

日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた

(角川書店)
【著】嶌 信彦
この偉業に読売新聞、産経新聞、共同通信など各紙誌で感嘆の嵐!「日本人として恥ずべき仕事はしない
TBSラジオ「嶌信彦のエネルギッシュトーク」にウズベキスタン タシケント市のナボイ劇場を建設された日本兵収容所の隊長を務められた永田行夫様(故人)が出演されナボイ劇場建設について語っている貴重な音源です。

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